ぎゅっと袖を握られて、彼はようやく我に帰った。

隣からはが心配そうな表情で顔色を窺っていた。
すぐに袖を握ったのは彼女だと気付く。







これは平家物語の冒頭である









「…どうしたの?」


具合が悪いのかとでも思ったのか、
彼女は首を僅かに傾けて覗き込んでくる。

彼は「いや」とだけ答えて、彼女の頭を撫でた。

しばし、彼女は腑に落ちないというような表情で見ていたが、
彼が優しくその髪を梳き始めたため
微笑みながら、瞳を閉じてその感覚に身を預けた。


「なんだか、私の半生を語ってしまったわ。」


彼に語り始めてから幾時ほど過ぎただろうか。

だが、彼らにそんなことは関係なかった。

こうして隣に座って、もたれ合いながら微笑んでいられること、
それだけで幸せになれるような気がするから。


「昨晩、お父様にあんなことを言ってしまったけど
 やっぱり謝りたいなと思うの。」


先程話していた話の続きだった。

彼女の父親がここへ来たのはつい昨日のこと。
それについて彼女はずっと昨日から考え込んでいたようだった。


「…なぜそう思う?」


彼の言葉少なな質問に彼女は数拍黙り込んだ。


「確かにお父様も家の名声となると目が眩んでしまったり
 家の地位の向上のためなら手段を選ばなかったり
 そんなところもあるけど…。」


彼女はつと腕を伸ばして自分の手を大きく開いた。

そしてその白い掌を見つめながら言葉を続けた。


「それは、父親より若い世代の―つまり私たちのためだと思うの。」


彼女は掌を開いたり閉じたりして、その感覚を味わっていた。

それはまるで、彼女自身が生きていることを、
体が意思の通り動くことを確認しているようだった。


「あまり認めたくはないけれど、
 家の名声が高ければ出世するのも楽だわ。
 家の地位が高ければ困窮に苦しむこともない。」


そっと握りしめた手を胸に当てた。
「全て私たちのためだったのよ」と続けながら。

彼はどう声をかけようか考え込んでしまった。

彼女は余りにも純粋すぎる。

家の後ろ暗い事情などまるでないかのように
幸せそうな表情をして、事を語る。

彼女にも暗い過去があったとも臭わせないで
誰も憎んだり恨んだりせず、ひたすらに感謝をする。


さらさらと梳いていた彼女の髪からの香りが
まるで純白のカスミ草の香りのような気がした。

そう、香りなどないカスミ草の香り。



「…。」


唐突に名前だけを呼んだせいか、
彼女は目を丸くして彼の方を見上げた。

彼は何も言わずに彼女に口付けた。

初めは可憐な花にするような触れるだけのそれも、
次第に溺れるような深いものへと変わっていく。

もがいていた彼女も次第に静かになっていく。


「……白哉…?」


突然で頭がついていかなかったのか
彼女はただその名を呼んだだけだった。


「…私がを幸せにする。」


囁くような言葉に彼女は頬を微かに赤らめながら微笑んだ。



「ありがとう。…今、もう、幸せよ。」







次の日は普通に仕事の日だった。

も白哉もそれぞれ死覇装に身を包み、
斬魄刀を腰に差して、仕度も終わったかという頃。


「白哉、今日やっぱりお父様の所に行ってくる。」

「わかった。…隊舎の方へは少し遅れてくるのか?」

「んー、そうね。
 間に合うようにするけど、少し遅れてしまうかも。」


彼を気遣うような微笑みを向けた。

彼は「あぁ」とだけ答えてそれ以上聞こうとはしなかった。


きっと、彼女は一昨日のことを考えたのだろう。

その上で時間がないこんな時でも、
早急に父親に会って話しがしたいという結論に至った。

それは彼の関わるべきところではないし、
そうだということを彼もきちんとわきまえている。

無論、どうしてそのようなことをするのか、
無思慮に聞くべきではないことを彼はわかっていた。


だから、優しく「気をつけて行って来い」とだけ言って、
彼女の背中を押してやった。


「じゃあ、行ってくるね。」



いつもより少し早い時間。

太陽がまだ真っ白な光を投げ打っている方へ
彼女はできるだけ速く向かった。

彼はその背中を見つめていた。






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~・後書き・~
ようやく最初の語り出しから物語が繋がりました~。
ハイ、今までのは全て回想シーンです(苦笑。
そしてこれからようやく時間軸と共に物語が進みます。
ので、ほのぼの平和なのもここら辺で終わりとなってしまうでしょうかね…。
何とかほのぼのっぽく書いていきたいと思います。
あと、今回のタイトルは「かんたんのゆめをおもひいづるひとは」です。
説明は…辞書でどうぞ^^;

     ’07/08/02