蝶 飛び立つ
= 2章 『蝶の飾り』 =
体育館の入り口の前で何人かの生徒とすれ違った。
それぞれが汗だくで、部活が終わったことを意味していた。
それを見て、は一つ、深呼吸をする。
無意識のうちに首にかけている蝶のペンダントに
そっと左手をかけていた。
そして、右手でポケットの中の紙を
数枚確認してから体育館への扉をくぐった。
「失礼致します。」
深くお辞儀をしてからその場を監視している様子の
部長に近づいていった。
その時に、その場にいた後輩らしき部員も
片付けが済んだらしく、挨拶をして体育館を後にした。
「こんな時に何の用ですか。
生徒会というものはそこまで暇なのです?」
それがいかにも楽しそうで皮肉をこめた言い方だったので、
は同じような笑みを湛えた。
「生徒会副会長の限りある時間を割いてまで
しなければいけない用がこちらにありましたので。」
「それは…?」
「あら、すぐにお分かりになると思いましたのに。
心当たりございません?…生徒会が関わるようなことで。」
相手の笑顔はすでに引きつっていた。
それに対して、はポケットに忍ばせていた紙を取り出し
これ見よがしにそれを見据えた。
目の前の彼はそれが何を意味しているのかわかったようで、
の動向を窺っていた。
彼女はそれまで以上に楽しむような笑みを浮かべて
それをちらりと彼に見せた。
「今年の新入部員って何人でしたでしょうか?」
「……10人。それすら調べられないのです?」
「えぇ、とっくに調べましたよ。
けれどもそれだと計算が合わないんですよ。」
「…計算とは?」
「1セット5万円の用品費が70万円分
請求されているんです。」
「…………。」
「新入部員の分、つまり10人分なら
これは50万円で足ります。
では、残りの20万円はどこに消えてしまったのでしょうか?」
ひらひらと請求書をわざとらしく見せながら
は相変わらず笑っていた。
しかし、の額には薄っすらと冷や汗が滲んでいた。
「そして剣道部活動諸費が1人1千円、
全部員が60人だから計6万円消えているんですよね。
今までこんなお金は必要とされてませんでしたし…
査察の結果、必要性が全くわからなかったのですが?」
目の前の男は少し俯いたまま
一向に口を開こうとはしなかった。
「無言ということは認めるんですね?」
そう言った時だった。
は一瞬のうちにその場にうずくまっていた。
額には冷や汗をかいて、息遣いは荒くなっていた。
手に握った領収証は少ししわをつけていた。
目の前の男は一瞬驚いた様子を見せて、
しかし、彼女の体調が優れないということをすぐに察した。
そして彼がふっと微笑んで
の目の前にしゃがみこんだかと思うと、
彼女の手首をぐっと引っ張って、
手に握られている領収書を取ろうとした。
「な…何を…っ!」
「これがなくなったらどうなるんだろうな!」
は必死に抵抗の色を示したが、相手も強情で、
それを取るために彼女の腕を上に引っ張り上げた。
それによって走ったの腕への激痛で
彼女はその顔を歪めた。
しかし、彼はそのひっぱる力を緩めることなく、
ギリギリとの腕にこめる力を強めていった。
それに伴って彼女の表情は痛みに歪んでいった。
だが、彼女は紙を握る手を離さなかった。
ついに彼はの腕を握っていた手と反対の手で
持っていた竹刀を握り直した。
そしてそれを大きく振り上げ、目がけて
片手で力いっぱい振り下ろした。
ダンッ
はその竹刀をまともに喰らうことはなかった。
「…なっ!」
その男は驚きでの腕を握っていた手を引っこめた。
は額に滲んだ汗を握られていた腕で拭いながら立ち上がり、
口元だけで笑っていた。
男の竹刀が当たっていたのはの持っていた
蝶の柄の入った扇子だった。
「そんなことじゃ私はやられないわ。」
は握っていた扇子に力をこめて、
彼の竹刀を押し返した。
彼は一歩後ずさってのことをじっと見た。
「女に手をあげるとは何事かしら?」
扇子をばっと開いて、はそれで顔を扇いだ。
その表情はさっきとはうって変わって
いかにも涼しげで楽しむような色もあった。
それが気に入らないのか、彼は何も言わずに
再び竹刀をに向かって振りかざした。
は片手で紙を握り締め、
もう片方の手で扇子を握りなおし
彼の方を真っ直ぐに見据えた。
何回か、激しくぶつかり合う音がした後、
音は止んで体育館は静寂に包まれた。
そこは2人の荒い息遣いと、
独りが息を呑む音が妙に木霊した。
「観念するんだな。」
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〜・後書き・〜
今回の直接対決は剣道部の部長さんですね。
キャラをどんな感じにしようか悩んだんですけど、
結局、微妙に黒い感じで決定になったみたいです(苦笑。
扇子で竹刀を受け止められるわけない、とか
かなり無理矢理なところはスルーでお願いします。
では、ここまでお読み下さりありがとうございました!
06/09/16 (修正 07/01/13)